2015/08/30

てげ場所をゆく -西郷隆盛宿陣跡資料館-

どちらかというと苦手なんです、幕末ら辺。いや、嫌いとかじゃないんです、でも好きでもないんです。本当に「苦手」なんです。なぜかって?それは「血の臭い」がすごくするから。血とか、戦争とかってどこか対岸的な感じで育った(もちろんそうなんですが...)から、あの激動の時代を正面から感じたりすることは喉元が「うぅっ」ってなって苦しいのです。
ですが、行ってきました。西郷隆盛宿陣跡資料館。宮崎なのに西郷さん?と思うかもですが、薩摩軍と官軍が戦った最後の激戦地はなんと「延岡」なのです。以下引用

明治10年に西南戦争が勃発し、西郷隆盛率いる薩軍は政府軍との攻防戦が続きましたが、少数の兵力では勝ち目はなく、西郷軍は北川へと敗走しました。北川町の俵野に宿陣をはった西郷は、ついに薩軍解散の命を出し、陸軍大将の軍服を裏庭で焼いたと言われます。その後、可愛岳突破を敢行し、鹿児島に辿り着いた西郷は城山で自決し、西郷軍は崩壊しました。

ほら、喉元にこみ上げるもの、あるでしょう?なんか苦手なのかも、人の思いが強すぎるものとかが。資料館へは延岡市内から25分ほど。決戦のあった和田越のトンネルを越え、長閑な北延岡駅付近を通過し、間もなく看板が見えてきます。ロードサイドにはラブホテルがちらほら。田舎の淫靡感。
西郷さんが行く道を指示してくれます。「あっちでごわすよ」
看板から村中をしばし走ること3分、その資料館は姿を現します。旧家を改装した資料館。立派な建物ですが、恐ろしく閑散としています。駐車場の看板なんて凄まじい角度で倒れてました。台風かな。
資料館の目の前に顔出しパネルが、とよく見ると西郷さんと肩を組む人。「え...神話の人...」と一瞬時代背景とか諸々疑問がわき出てきますがこれがいわゆる観光地ですよね。深く考えないのが正解です。この世は四次元。
入館料200円をきっちり払い、館内へ。さすが本当に西郷さんが泊まった場所だけあって重厚感はあります。でもエントランスの鹿のはく製は無関係です。いろいろ「??」な場所。深くは考えない。
 案内人はおらず、ナレーションボタンがあって約5分ほどアナウンスが流れます。奥の人形がいつ動くかと待ち構えてましたが遂に動きませんでした。これのように動いたら面白いのに...。
無理を言って接写させてもらいました。そこそこリアル...しかし、当時の会議は鬼気迫るものだったと思います。自宅で急にこんな会議はじめられたら少しいやですがね。
他、別棟で資料館もきっちりあるので勉強もできます。すぐ近くを日豊本線が通っているので運が良ければ真っ黒い電車を拝めます。入館料200円ってとこが若干ひっかかりますが、行ってみる価値はあると思います。

西郷隆盛宿陣跡資料館 HP
延岡市北川町長井6727 午前9時~午後5時
休館日:月曜日、祝祭日の翌日、年末年始(12月29日から1月3日)
入場料:一般200円、小中学生100円

てげ場所をゆく -ひむか骨董市・九州民俗仮面美術館-

古道具欲だけが延岡に来てからなかなか満たされてません。しかし、満たそうとすると家が古い物で溢れ返ってしまうので結果的には今ぐらいの距離(古い物との)がベストなのかも。とはいえ、宮崎県内で「骨董市」「蚤の市」「ガラクタ市」等名前がつくイベントには精力的に出向いている。それは思わぬ出会いがあったりするからで、正直まだまだ宮崎、古゜テンシャル(古い物のポテンシャル)あり。しかし、いらいらするほど情報が少ない。ネットでもまったく出てこない...。今回向かった骨董市も新聞(県北民こころの新聞「夕刊デイリー」ってのがある)で発見したぐらい。つまり若者が発信、もしくは主催していないんだと思う。広く拡散するツールとしてはインターネットほど優れたものはないと思うが、わざわざ広告費を使って、しかも若者が読まない新聞広告に出すとは...。でも骨董の心は世代を超える!!年配者と戯れてこよう。

日曜日朝、7時半に家を出る。高速でびゅいーーーんと西都まで。ほどなくして会場に到着。骨董は朝が命!!だと思っていたけどまだ出店者もまばら。相変わらずゆったりしとるなぁ...。店は15ほど、でも結構気合の入った店が多くじっくり見る。店の人は「あ、この前宮崎市で見た人」や「あ、前油津で店出してた人」等さすが狭い宮崎、見た人がちらほら。

2店で4つほど購入。大判の染め布、はぎれ、壁掛け帳簿、銅のスプーン等、結構満足な収穫。また来よう。ちなみに、骨董好きの若い宮崎県民の方に少し情報を...。

●九州骨董祭り(@霧島・溝辺体育館):9/12.13・11/21.22
●日南骨董市(@油津・赤レンガ館):10/17.18・12/19.20
●ひむか骨董なんでも市(@宮崎市・㈱山崎 宮崎支店P内):10/24.25・12/26.27
 
以上の日程で開催されますが、出店者はおそらく似通ってるのでどれか一つに決めて行ってもいいかもですね。取り扱いは古布、器、民具、刀、掛け軸、軍などオールジャンル。
こんな感じ。人めっちゃ少ない。
 その後、せっかく宮崎市まで南下してきたし時間もまだ10時ってことでかねてより行きたかった場所に。その名も「九州民俗仮面美術館」。下道をぐんぐん走る。途中、巨大埴輪と少しだけアンニュイな立て看板があったのでパシャリ。
伊藤マンショさんの顔が何とも形容しがたい...
 しばらく走ると田舎道になり、看板が見えます。そこから本当にけもの道のような道(車の轍があり、周りは草が生い茂っている)を走るとほどなくして美術館が見えてきます。というか、自宅...?
 外観。長くそこに居座っている、という感じの風貌。残暑の湿った匂い、草が焼ける音、虫の声、これから起こる出会いに脳が反応します。
 エントランスを抜け、館長の男性の方に声をかける。「自由に見て良いよ、ただし写真をネットに掲載するときはキャプション付きで」とのこと。館長は何やら忙しそうだ。恐る恐る館内(というか自宅)へ、大きな梁がむき出しになった日本家屋、廊下、部屋内等いたるところに仮面!仮面!仮面!マスクというか、仮面である。一見日本のものが多そうだが一部アフリカやニューギニア等のモノも見える。こ、これは行った人しかわからない...圧倒的すぎる空間...腰抜けそう...。
 展示室は大きく2つ、壁一面に展示されている仮面。仮面が放つエネルギーは後ずさりするほど真っ直ぐ。窓全開で開放的な展示室だけどなんだかすごく息苦しいほど...笑 魚卵や肝を食べ過ぎたときに感じるあのしんどさに似ている... パワーを感じすぎたときのアレね。
廊下には草木染や骨董品等
 館長が忙しかったのは台風に備えた準備のためだった。館内には庭があり、そこで火を焚き、染色をしたりしているらしい。原始的な生活の一面。
 その後、ひと段落した館長としばしおしゃべり。大分でアート関係の仕事に携わった後、仮面研究のため15年ほど前にここ宮崎に移り住んだらしい。その後はネットで仮面や生活のことを発信しているよう。自然に関しての知識や、日本人がかつて営んでいた生活技術(草木染、狩猟など)を活かし平成の世にうまく適応させているように感じた。忘れてきたものがたくさんあるんやなぁ...としみじみ。
アフリカの仮面と日本の仮面の違い、神楽のおもしろさ等を伺い、この秋には神楽を見に行こうと心に決める。現役の仮面たちと天地創造の物語を見に行こう!!
話は尽きないが、一旦美術館を後に。美術館がある一帯は児童福祉の父、と呼ばれる石井十次という人がかつて孤児院を開校していた場所。約100年ほど前に孤児院とは...人柄と問題意識の高さが伺える...。石井さんはキリストの洗礼を受けており、その一帯には教会などもあり、なんだかおとぎの国の村のような雰囲気なのです。少し散策。
このような家が点在している。
 家々は離れていて、通ずる道は木漏れ日の射す小道ばかり。きっちり手入れされている証拠だと思う。
 そして教会へ。先ほどの館長が管理しているのか「入って右に電気あるから勝手に付けて」とのこと。というかこの教会の佇まい...そしてこの一帯...やはり「特別な」ものを感じざる負えない。手の届く範囲に幸せはあるのかもしれない...笑 モノとか便利とかではない、内に内に入っていく感じ。しまいには裏返ってしまいそう。
 教会内。今はギャラリーとして使用されている。奥の壁面は女性の象徴!?を感じる。とにかくやわらかで心地のいい空間。
 もちろん、聖母も。クラシカルなマリア...かつてマリア像を収集していたことがあったけど、行きつく処はここなのかも。やっぱり本物に勝るものなし、本物は思いや歴史が違う。
もっとゆっくりしたかったが今日は日曜日。なんだか1日分の栄養を大幅に超える量を摂取した気持ち...帰ってゆっくりしようと早めの帰宅。転勤してこないと、こんな場所がまさかあるとは一生知らなかっただろう。そしてこんな場所が日本、世界にはまだまだたくさんあると思う。たぶん、何か縁があって宮崎にたどり着いたんだろうけど、これからもっともっとたくさんの歴史を学び、そして経験していきたいなと夕涼みでビールを飲みながら思うのでした。

九州民俗仮面美術館 HP
0983-41-1281 宮崎県西都市穂北5248-13  入館無料