2017/10/15

関西からの客人②-とよ常・冨士屋(別府)-

2日目、昨晩延岡の自宅で食べたすき焼きが若干胃に残っているものの、朝食を食べる。今日は「別府に泊まるから送ってほしい」とのことで朝から別府に向けて出発。これまた片道100Km弱。バブル期で言う、いわゆるアッシーである。
とよ常 本店 
〒874-0920 大分県別府市北浜2丁目13−11 0977-22-3274
大分と言えば、、「とり天」
ここのは「せせり」らしい。
その後、別府市内を散策。商店街とか歩いてみたらなかなか面白い。竹瓦温泉から近所を散策、商店街のシャッター壁画がどれも独特かつ秀逸で見入ってしまった。突っ込みどころ満載。
「来い来い」ということだろうか。
ここは良かった。
オサレ土産屋
色のMIX感が独特。
レディースショップにもベルにも程遠い画
表情が良い!!
シャッターではないですが、狭小通路。
いろいろ、独自性の高い地図。日本よ...笑
ご飯も食べ、散策もしたが残念ながら「ビアカップ」は見つけられず断念してもらい、最後に我々の別府お気に入りカフェへ向かう、場所は鉄輪。
冨士屋Gallery一也百-はなやもも- 
大分県別府市鉄輪上1組
左に見えるのは巨大金木犀、匂い真っ盛り。 
初2階。素晴らしい。 
2階にはこんなものまで、マッチング高い。 
鉄輪温泉は別府の中でもかなり上位。
阪時代の知り合いデザイナーも鉄輪のあるホテルを手掛けてました。 今度泊まりたい。
以上、血尿も出ましたが最後はお馴染み佐伯の寿司屋と本屋でリフレッシュして帰りましたとさ。

関西からの客人①-田楽の里・阿蘇山-

8月中旬。「9月の連休にそっち(延岡)行こうと思てんねやけど都合どう?できれば阿蘇観光したいから熊本まで迎えに来てほしいんやけど」と一通のLINE。えらい急やな、とは思いながらも身内からの連絡だったのでしぶしぶOKし、その日を迎えることになりました。
客人は3名、皆「有給休暇を9月末までに取得せんとあかんかったから」という極めて自分本位な理由で血尿が出る程忙しい9月は期末の連休に来延されました。

土曜日、朝6時に起きて身支度。8時には出ないと間に合わない。定刻に出発して片道100Kmの移動、阿蘇くまもと空港へ到着したのは10時過ぎ。道中、復旧したての阿蘇大橋付近があまりに衝撃的な景観で運転そっちのけで見入ってしまった。土砂崩れの高さ、幅に恐れを感じ、またそこに新たな橋を架けた人間の執念を感じた。

空港に降り立つや否や客人は「遠かった」「早起きした」などと述べたが私はもう何も言わなかった。まずは「インスタ映えするから」という理由で選択された昼食場所へ車を走らせる。ペースがどうも変で酔いそうだ。
阿蘇高森田楽の里 
阿蘇郡高森町大字高森2685-2 0967-62-1899
茅葺の立派な佇まい
美味しく素朴な田舎料理を食べる
いろりを囲み、肉とかこんにゃくとかを食べる。食べ終わるころ、外には長蛇の列ができるほど混み合っており客人たちは「えらい並んではる、タイミングよかったなぁ」としきりに呟き大いに喜んでおられた。感嘆するところが変だが一先ず良かった。
その後、通行止めなど紆余曲折ののち、阿蘇山の火口近くまで向かう。が、残念ながらロープウェーも運行されておらず火口間近まで行くことはできなかった。
地震の余波
火口に行けない代わりにプロジェクションマッピング。500円也。
プロジェクションマッピングは涙が出る程しょっぱいものだった。一同、無言で退場。土産物もいろいろ見たが、残念ながら琴線に触れるものはなかった。
唯一、味のある看板
草千里
急に曇天
次に、阿蘇神社周辺へ向かう。どうやら「ビアカップが欲しい」らしい。神社周辺はセンスの良い雑貨屋もたくさんあるので期待大。阿蘇神社は震災で楼門が全壊したため修復中、参拝だけした。
ナイスセンスの北風商店
顔出されていました。
他にもetu(エツ)とか寄ったけどどれもハイセンス過ぎて遥か彼方後方に居た客人たち。「ええもんないな」とか「こういう店は高いな、〇〇やったらこれ半額やで」とかぶつぶつ言ってた。挙句「もう観光とか良いから雑貨屋行こう!私らはそっちの方が良い」とまで言う始末。既に私の羅針盤は制御不能であった。ちなみに私はetuで古マッチコレクターのファイルと古布を購入できて満足。

阿蘇観光も終え、さぁ帰ろう!ってことで家路に2時間かかる旨を伝えたとき「そんなにかかるんかいな!後ろで寝とかせてもらうわ。」と言われて血尿が噴き出た気がする。